羽根つきの帽子といえば、チロリアンハットだ。ハイキングや山登りと聞いて連想するあれで、側面にちょんと小鳥の羽根が飾られた帽子のことだ。
しかし、目の前にあるのはどうだろうか。彼の登山帽に差された鳥の羽根は、明らかに大きい。
ひとつ前のバス停から乗り込んできた男性は、わたしの方をめがけてスルスルと近づいて来て、すぐ前の座席に腰を下ろした。まるで引き寄せの法則でも働いているかのようだった。結果、わたしの視界の中心に1本の巨大な羽根がそびえ立った。
(この羽根、何cmあるだろうか)
慌ててズボンのポケットをまさぐるが、あいにく巻き尺や物差しの持ち合わせがない。やむなく目測に頼ると、ゆうに20cmは超えていそうだ。そう、それはすでに小鳥のものではない。
(猛禽類だ…)
帽子に猛禽類の羽根を差した男が目の前に座っている。
そういえば…これに似たものを最近どこかで見た記憶があった。何だろう、どこだっただろう。ああ、思い出した。図鑑だ。
伊澤昭二 著『【決定版】図説・戦国甲冑集』
戦国武将の兜には独特のカタチをしたものがある。漢字で大きな「愛」の文字をあしらった直江兼続の兜は有名だろう。
鳥の羽根といえば細川忠興。武将でありながら甲冑デザイナーでもあった彼の兜「山鳥尾頭立越中兜」をおいて他にない。山鳥の尾羽根が頭のてっぺんにシュッと真っ直ぐ突き立てられているという極めてユニークなデザインの兜だ。
似ている。が、それにしてもアンバランスだ。頭上を気にしていないと羽根がドアの枠にカツっと引っかかりそうだし、目立ち具合もハンパではない。ひと目見てカツラとわかる人の頭を凝視してしまうように、どうしても視線が羽根に向かってしまう。
すでに彼の術中にはまっているのかもしれない。彼のメッセージは「この羽根を見よ」であり、それを誇示したい一心なのではないか。
「いや、まったく見事な羽根ですね。いったい、どうなさったのですか?」
この一言を待ちわびていた彼は得意げに、
「金比羅山に登ったら、頭の上を鳶が飛んでいてですね。射たのですよ、弓矢で。」
「弓矢で?」
「ええ、弓矢でヒョウと」
そんな会話を繰り出してくるに違いない。
数週間後、再びその男が同じバスに乗り込んできた。登山帽に差された巨大な羽根は2本に増えていた。