今週のお題「叫びたい!」
感情豊かに読み上げていくので、永昌アレイが文庫本を読みすすめるペースは早くない。しかし、アナウンスに特化した顔立ちと発声エンジンを搭載しているだけあって、プロのアナウンサーに遜色がなく、実に耳ざわりがいい。
それにしても、だ。
わりと萌えな装丁の文庫本を手にしたのに、まさか中身が『古今著聞集』だったとは。カバーは現代風だが、内容は当然古文である。音として耳には入ってくるものの、すぐに理解はできない。
「まぁ、BGMと思えばいいか。」
アレイの朗読を聴きながら、東 小路は週刊誌に目を通すことにした。
▼第1話はこちらです
雑誌『週刊バックドロップ』創刊号である。表紙を飾るのは当然、鉄人・ルー・テーズであり、華麗にバックドロップを決める姿が大写しにされていた。
東 小路はものすごい雑誌が出たなと感心しきりで、リクライニングチェアに深く座りなおした。
「頼光朝臣の郎等季武が従者、究竟の者ありけり。」
心なしかアレイの声が大きくなった気がする。いや…徐々に大きくなっている。
「アレイ、声が大きい。」
アレイはこちらを横目で見ると、うるさそうに左手の指を左耳に突っ込み朗読を続けた。
「季武は第一の手ききにて、下げ針をも外さず射ける者なりけり。」
「アレイ!声が大きい!」
「下げ針をば射給ふとも、この男か三段ばかりのきて立ちたらむをば」
「なに、耳塞いでるんだよ!」
「え射給はじ」
アレイは左耳から指をはずすと、眉間にシワを寄せて東 小路の座っているイスを鋭く何度も指差した。東 小路は尻の下に物体があることに気づいてハッとした。
「あー!すまん!!」
東 小路がイスから腰を浮かせると、アレイはふたたび左耳に指を突っ込み、グッとひねった。
「やすからぬこといふ奴かなと思ひて、あらがひてけり。」
アレイの声量が通常に戻った。東 小路はリモコンを尻で踏んでいたのだ。
アレイは耳穴のダイヤルで音量を抑えようとしたが、リモコンからの入力が優先される仕様であったらしい。
「もうまったく…。叫びたくて叫んでいたわけではないんですからね!」
アレイは迷惑そうな顔をして、東 小路を責めた。
「いやぁ、うっかりしてた。」
と、そのとき事務所の電話がけたたましく鳴り響いた。【来週へ続く】
※文中の古文は、橘成季『古今著聞集』所収の弓箭第十三より引用。