今週のお題「秋の歌」
栄螺町商店街を東に外れるとすぐに八裂町に入る。しばらく歩くと交通量の多い県道55号線にぶつかり、道路をわたると丁字路、その突き当りに猥楽寺がある。
片手にタブロイド端末を携えた永昌 博士は、道端にたたずんで寺の鐘楼を見上げていた*1。そろそろかと腕時計を見やると、目論見どおり鐘が鳴りはじめた。
鐘楼は無人である。永昌 博士は住職の依頼で開発した自動鐘つき機…いや半自動鐘つき機のテストを実施している。
「ちょっと鐘ン音の、割れとるな。」
口の右端にくわえタバコをしたまま眉間に皺を寄せる。永昌 博士はタブロイド端末上のUIに表示されているGAINを左に回して、入力を弱めた。鐘は一定のリズムで鳴り続けている。
猥楽寺の住職は新顔である。跡継ぎに恵まれなかったため他所から招かれたのだが、やってきたのは、すっかり楽を覚えた若者だった。モノグサだと世間の評判は良くない。しかし、話をしてみるとわりにIoTに興味があることがわかった。
先代はナマグサやったもんなぁ。腹ン立つ。
先代と永昌 博士とは犬猿の仲であった。数年前の法要のとき、先代は読経後の説法をそっちのけにして、老朽化した寺への普請を募ったのだった。親戚一同が呆れかえるよりも速く永昌 博士は数珠を住職に投げつけた。続けざまに回し蹴りを繰り出そうとするところを、甥の東 小路が住職にタックルを見舞ったことで、なんとか蹴りの直撃を免れた。
永昌 博士は鐘の音に空間系のエフェクトを追加した。金属的なPlateよりもHallのほうが良かろう。奥行きのある鐘の音が辺り一帯に鳴り響いた。
しかし、突如として様子がおかしくなる。鐘を打つ間隔が乱れた。
ゴッゴ…ゴーン ゴ
打数も増えている。これはもはや乱打といっていい。永昌 博士は少しも慌てる素振りをみせず、この状況を想定内のエラーとして静観した。
爆音で鳴り響く鐘の乱打。近所迷惑は重々承知の上だが、評判が落ちるのは猥楽寺であり、もともと住職の評判は地に落ちている。永昌 博士は悠々とこのエラーに対処するためのデータ収集を開始した。
ほどなくして鐘が止んだ。永昌 博士が腕時計を見ると、目論見より早く鳴り止んだことがわかった。遠くからだれかがこちらに向かって駆けてくる足音がした。探偵・東 小路と、助手の永昌 アレイである。それは博士の目論見どおりだった。
「なんだ。ひどい鐘の音がすると思って来てみたら、叔父さんの仕業か?!」
息を切らして東 小路が問う。
「おう、もう食べ終わったとや?」
永昌 博士はポケットから柿をひとつ取り出して、皮を器用に剥ぎとると、ひとくち噛った。
ゴーン ゴーン ゴーン
と重々しく空気を震わせて、鐘が1回鳴った。ほどよくリバーブが効いている。
鐘の余韻が引く頃合いを見計らって、もうひとくち噛った。
ゴーン ゴーン ゴーン
ひと噛りして5秒以内の刺激を無視するようにプログラムを修正すれば、鐘が連打されることはなさそうだ。
手応えをえた永昌 博士は、満足げな微笑みをたたえて正岡子規の有名な一句を詠んだ。
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
ゴーン ゴーン ゴーン
またしても程よいタイミングで、不意に鐘がひとつ鳴った。
「まぁ…俳句を『歌』とはいわないけどね。」
福田エーコは呟いた。
【裏へ続く】
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