今週のお題「お気に入りの靴下」
▼前回までのお話
まんまと叔父の片棒を担がされた探偵・東 小路は、ふんふんと八つ当たりをするように道端に転がる石を蹴りながら歩いた。
助手・永昌 アレイとともに、栄螺町商店街の事務所へ引き上げている途中、靴下のゴムが伸びてフィット感を失っていることに気づいた。不快感がある。
「アレイ、ブランドと型番をおしえたら取り寄せたりできる?」
「いやー、探偵。わたしにはまだその機能はありません。できるとすれば、おしえてもらった情報を復唱するくらいです。」
アレイが頭をかきながら答えた。
「お役に立てませんで。」
靴下を自力で買いに行くべきか行かざるべきか、東 小路は「スーパーたまるか」に足を運ぶことをまだ躊躇していた。
「安く売らねば片腹痛い」
というキャッチコピーを掲げた店は、交差点を挟んで十八百万銀行の斜向いにある。品揃えは伊座早市内ではトップクラス。地方にありながら1商店から5階建ての総合百貨店にまで発展した実績が、群を抜いた経営力を物語っている。
東 小路が躊躇う理由は、あの店の接客が2倍疲れる、いいや2乗疲れるせいである。
3代目社長・幸 政信の影響力が大きすぎるのだ。幸 政信は東 小路と幼馴染みで、とにかく口が悪いことで有名な人物である。
東 小路はアレイと別れ、心を決めて「スーパーたまるか」のエントランスに立った。案内係と思しき女性が声をかけてきた。
「あら、東さま。よく来たな。」
東 小路は軽く頭をさげてエスカレーターへと向かう。紳士衣料品のフロアである3階へと昇る途中、彼を見かけた店員はみな立ち止まって深々と会釈をし、口々に挨拶をする。
「また来やがった」
紳士衣料品の下着コーナーにたどり着くと、愛用の靴下を探した。TabiΦというブランドで型番は007。つま先が2つに分かれていて厚手で頑丈な靴下である。これに履き慣れてしまうと、ふつうの靴下には戻れない。親指と他の指が触れるのがどうも気持ち悪く感じてしまうのだ。
陳列棚を見渡していると、背後から声をかけてくる者があった。
「どの面さげて来た。」
幸 政信である。やや赤みがかった髪色、緩やかなパーマをかけた好青年。くっきりとした二重まぶたで、肌が雪のように白い。従業員が気づかって、東 小路の来店を彼の耳に入れたらしい。にっこりと微笑んだ。
「貴様の目は節穴か?」
東 小路は長身の彼を見上げて、TabiΦの007を求めていると伝えた。
「ちっ。では在庫を見てくるので、首でも洗って待っておけ。」
純真無垢な表情と整った顔立ち、スタイル、そして立ち居振る舞い。出会う者をことごとく惚れさせる魅力を持ちながら、言葉遣いのセンスだけが異彩を放つ。しかし、悪気の一切が完全に抜け落ちている。幸 政信とは、そういう人物だ。
「貴様にはもったいないが。」
東 小路はまさしくそれだと応えると、幸 政信はレジの店員に商品を渡した。東 小路が精算を済ませたところで、幸 政信と店員は口を揃えていった。
「この借りはきっと返す。」
【来週へ続く】
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