イブラヒモってどんな紐?

紐でないことは知っています。撮り下ろしの小ネタ写真と書き物のブログです。通勤通学・レジャーのお供にどうぞ。

【第9話】探偵・東小路と「忘れたいこと」

今週のお題「忘れたいこと」

f:id:yk1974:20211223104053p:plain

探偵・東 小路ひがし こうじ は、クエスチョンマークの描かれた小箱を軽く揺すった。カタカタと音がするだけで、ぬるっとしたような液体の動く感触はない。

▼この話の前置きはこちら

www.afutsuka-kouji.work

よし、開けてみよう。箱の上部を持ちあげようとするが、思うように蓋が開かずに苦戦する。助手の永昌えいしょう アレイが最初は小声で囁く。

探偵、

…なんだ?

「探偵、」

「…うん?」

東 小路は手こずり続けている。なんだこの箱は。

「探偵、スライドです」

「えっ?」

小箱は抽斗ひきだしのようになっていて、内側を引き出すタイプの箱だった。

「さすがだな、アレイ」

「探偵も、相変わらず……ですね」

「なんだって?」

東 小路は口を尖らせて訊き返すが、アレイは真顔のまま応答しない。

箱には1本の細長い物体と、インクボトルの形状をしたびんが1本。動かないようパーテーションで仕切られて、綺麗に めこまれていた。

ボトルにはクエスチョンマークの描かれた白いラベルが貼られている。光にかざすと黒色に近い液体で満たされており、一見するとインクである。だが劇物の可能性は否定できない。

「ということは、ペンだろうか」

東 小路は細長い物体を手にとった。漆黒のボディ。鉛筆よりもやや太めで、金属の冷たさが指に伝わってくる。

その両端は切り落とされたように平坦であり、一方の先端からもう一方の先端に至るまで太さに変化がない。直径1cm・長さ13cm。穴の空いていないストローのような形状である。

押し込むスイッチはないので、ボールペンの類ではないらしい。電流が流れるようなイタズラを目的としたグッズでもなさそうだ。ボディの中程に切れ目があった。

「もしかしてこれは…」

東 小路は物体の両端をつかんで、左右に軽く引いた。パチンという音を立ててキャップが外れ、ペンの先端が姿を現した。

「探偵、これなんですか?」

見たことのない形状のペン先に、アレイが不思議そうに覗き込んだ。東 小路は即答した。

「割り箸だな。いわゆる、ハシペン」

ということは…ボトルを満たしている液体は、あの独特の匂いを放つハシペン用の絵の具ではないのか。

東 小路はインクボトルのキャップを回した。なんの造作もなく蓋が開くと同時に、彼の鼻を刺激したのは、期待したあの独特な匂いではなかった。とっても日常的な香りである。

「嘘だろ…醤油だ」

数滴、手のひらにこぼした。匂いを嗅いで確信を得て、少しだけ舐めた。間違いなく醤油である。この塩気が控えめで、卵かけごはんにピッタリ合いそうな醤油は、おそらく滋賀県産のものだ。

なぜ?という問いが頭をもたげた。何者かがこれを贈ってくる意図がわからない。意図どころか、これをどうすればいいのかさえ。

ひとまず、ペンをインクボトルの中に浸してみた。まっさらな割り箸の先端が醤油を吸い込む。デスクに散らばっていた書類を1枚裏返して、うねうねと波形を描いた。ひと足遅れて、醤油の香りが立ち上ってくる。

これ以上のことは、なにも起こらなかった。醤油を使ってハシペンで落書きをした…ただそれだけのことである。

東 小路とアレイは顔を見合わせて、ダブルクリックする速さで二度頷く。そして、しばらく沈黙の時間があった。突如、

どうしろっていうんだ!

東 小路はたまらず大きな声を出した。こんなシュールな仕打ちは…いったい、いったい。あゝ思い出してしまった。同じ心境に陥ったあの日のことを。

コンビニでスープ・スパゲティを買い求めたときのことだ。

それはお湯を注いで3分待って食べるタイプのスープスパだった。ビニール袋から箸を取り出そうとしたら、あの店員、スプーンを1本だけ入れていた。果敢にもチャレンジした。しかし、スパゲティはツルツルツルツルと滑り落ち、1本たりともスプーンに引っかかることはなかった。

小春日和の暖かな日、たった独り、公園のベンチで叫んだ。

どうしろっていうんだ!

また別の日、コンビニで1リットルの麦茶を買い求めたときのことだ。店員は気を利かせてストローを付けてくれた。それは15cmくらいの短すぎるストローだった。使ってみると、案の定、ストローはパックの底に沈んでいった。

どうしろっていうんだ!

出来心でパンを焼いたとき、ドライイーストを入れ忘れていた。待てども待てども膨らまず、焼きあがったのは石のような硬さのパンだった。

どうしろっていうんだ!

忘れたいことは思いもよらぬ出来事がきっかけとなって、芋づる式に呼び起こされるものである。

この連鎖を断ち切るかのように、事務所の電話のベルがけたたましく鳴り響いた。【次回へ続く】

 

▼参考:辛すぎず甘すぎず卵かけご飯に合う醤油

 

▼第1話はこちら

www.afutsuka-kouji.work